旅をすること

2025.08.13 ALL, 日々のこと

(雑記)

足を運んだ場所、
気に留めたこと、
幸せな気持ちとか
お買いもののこと
などなど。

 

 

“どこか旅に出たい”
少し前から無性にそんなことを思っているけれど、どこに行きたいか、時間はつくれるのか、なかなか定まらずにいる。
今すぐはどうしても難しい。

そんな気持ちになったのも、ここ最近観た映画や本、展示の影響も大きいのかもしれない。

 

 

「突然、君がいなくなって」

アイスランド出身のルーナ・ルーナソンが監督を務めた、アイスランドが舞台の映画。
随分前に友人が教えてくれて公開を心待ちにしていた。

色も光もアイスランド語の響きも、レイキャビクの街にも、しみじみと感情移入しながら映画館で没頭する。
導入曲、Jóhann Jóhannsson の Odi et Amo にも心を打たれながら、ストーリーは誰に感情移入するかでも見え方や感じ方が変わるなと思った。

原題は「Ljósbrot(When the Light Breaks)」。
「Ljósbrot」という言葉をアイスランド語で調べてみると、ljós =「光」 brot =「破片」から 光の屈折という意味なのだそう。
どなたかが書かれていた、”光の屈折は光の進む方向を変えたり、ものの見え方を変えたりする”という タイトルとストーリーを繋げた解釈がすごくしっくりきた。

 

「遥か街を切る / 福森翔一」

50日間をかけて巡った写真家さんのアイスランドの記録。
たまたま見かけたおすすめでこちらの写真集を知って、ついこの間まで東京で展示をされていたことを知る。

あぁ、会場へ足を運びたかったな。
そんなことを思いながら、写真集を購入できるところを探す。

到着をたのしみに、深呼吸をしてページを捲っていく。
知っている景色や地名もちらほら。
やわらかな色と光からは わたしの知らないアイスランドをまたひとつ知ることができた。

 

また今すぐにも飛んでいきたい。
あの光のなかへ、あの空気のなかへ。

いつかの日を夢見て何度もページを捲る。

 

「Horses / Jane Evelyn Atwood」

アメリカ出身、パリ在住の写真家ジェーン・エヴリン・アトウッドの作品集。

最近のわたしは圧倒的馬不足。
そんなときに見かけたこの一冊は 手にしないという選択肢はなかった。

自然体のモノクロの馬たち。
心が穏やかに凪いでいく。

 

「ルイジ・ギッリ 終わらない風景」

切り取られた絵画のような構図、写真から伝わってくる季節や旅先、どれもうまく説明できないけれど自分の感性に響いて好きだなという感覚で見て回った。

“私は写真を作りたかったのではなく、写真であると同時に地図や設計図を作りたかったのです。”
この言葉になるほど、と思った。

写真は表現方法のひとつで、もしかすると自分も写真を撮るという行為の本当のところは別にあるのかもしれない。

 

「場所はいつも旅先だった」

松浦弥太郎氏が初めて監督された劇場用映画。
旅がしたくなる、と見かけてずっと気になっていた。

わたしが今まで旅先として選んでこなかった場所を眺めていると、知らない土地にも足を運んでみたい気持ちでうずうずしてくる。

“旅は僕を生き返らせてくれる”
“ドアを一歩出れば旅である”
“当たり前なことかもしれない
その当たり前なことに不思議と安堵する
ここにいていいんだ
ありのままでいいんだ
という多幸感に包まれる
そんな当たり前に気付くために
僕はまた旅をするだろうし
まだ見ぬ人に会いに行くだろう
そうして僕の心はじんわりと満たされ
豊かになっていく”
“自分らしさがゆっくり戻ってくる感覚も好きだ”

自分の心に響く共感できる言葉の数々。
あぁそうだ、わたしの旅もこんな感じだ。そんなことを思わせてくれた。

だから旅を続けるんだろうな。

 

 

自分が空っぽになってしまう前に次の旅を決めなければ。

日々狭い範囲で生活をしていると、急にどこか遠くに飛び出したくなる。
自分の知らない場所へ、誰も自分も知らない場所へ。

行ってみたいところもたくさん。また訪れたいところもたくさんたくさんある。
時間もお金もいくらあっても足りない。

でもきっと導かれるままに巡り合うままに旅先は決まるのだろうな。
いつも旅が決まるときは偶然がいくつもつながっていって、それはあらかじめ計画されていたかのような必然に変わる。

日常にころがっているいろんなヒントやきっかけを集めて、タイミングだけは逃さないようにいつでも身軽に流れに乗っていきたい。

 

さあ、次は何処へ導かれるのだろう。